たまには徒然と…
「聞こえても難聴なんです」では、
何か、テーマを見つけて、それに対して思ったことや、問い合わせをしたことを紹介しているのですが
テーマと言っても、相方の症状が劇的に良くなることはないわけで、
聴力が下がっているかどうかは別として、補聴器をつけない状態での聞き取り能力は、
一緒に生活していて、少しずつ変化があるんだな~。と、感じています。
補聴器をつけての聞き取りになれてきた分だけ、補聴器をつけていない時の聞き取りが鈍っている感じです。
わかりやすいたとえでいえば、今までメガネをかけていなかった人が、
メガネをかけないで生活している間は何とも思わなかったことが、メガネをかけ始めた途端に、メガネなしでは生活できなくなったようなものでしょうか。
静かなところで話しているとき
隣にいて会話を続けているとき
こういうシチュエーションでは、相方の聞き取りが悪くなったとは全く感じません。
2階から声をかけても、会話が成立することだって、別に特別なことではありません。
その一方で、テレビの横から話しかけたときは、どう話し方を変えても聞き取れないようです。
(家具の配置上、テレビの横にPCがあり、PCいじりながら話しかけると、テレビの横から話すことになるんです。別にイジワルしているわけではありません)
一緒に生活していて、こういうブログを書いていて、難聴の特徴を知っているから、
ああ、音の出てくる方向が一緒だから区別がつかないのか。
と、頭ではわかりますが、それでもやっぱり、どうして聞き取れないのかな。と思わないことはありません。
「感覚」の問題だから、頭で理解しても、体感できない以上、疑問は消えないのは仕方がないと思っています。
ただ、その一方で、「これはわかってもらえないか・・・」と痛感するのも、このようなシチュエーションの時だったりします。
声質によって、聞こえる声と聞こえない声がある
口調によって、判別できる場合と判別できない場合がある。
話しているシチュエーションによって、同じ話し方でもわからないことがある
とくに、この3つ目がクセモノなんだと思います。
たとえば、カフェやレストランにいる姿を想像してください。
相方が難聴だということも、相方の難聴の性格もある程度把握している人が、
ゆっくり、はっきりと話してくれていて、会話が続いていたのに、
後ろに客が来ただけで、騒ぎ立てるわけでもなく、彼らが普通の声で話しているだけで、
急に聞き取れなくなってしまう
そりゃ、「え?なんで?」って言いたくなるんだろうな。
「ゆっくり、はっきり言えば聞き取れるって言ったじゃん」って言いたくなるだろうな。
今は、そんな「わかってもらえない」ことを「わかってもらう」ための方法を模索中です。
メディアには、このブログのリンクをつけて何度かメールを送ったこともあります。
でも、冷静に考えれば考えるほど、文章にするにも、映像にするにも
この相方の状態って、伝えにくいことこの上ないんですよね。
どこからもノーリアクションなのは、自分の文章に、まだまだ訴えるものが足りないこともあるんでしょうが
「だかりやすさ」を求めることができないってことも、理由の一つなのかなとも感じています。
だからこそ、せめて、「デシベルダウン」ってキーワードが、企業を巡回し、数百、数千の人を相手にする医療従事者に聞いても初耳だった。
なんていう状態を脱したいと思うわけです。
結局のところ、そこに行きつくんです。
相対して話していて、どうしても感じる違和感を補えるだけの情報を、当事者以外の人にも持ってもらいたいんです。
愚痴で終わるのは嫌ですが、全難聴に、大会を受けて、今年デシベルダウンについて何をするのか?
という質問を投げていますが、今のところノーリアクションです。
難聴の方自身が書かれているブログや、私のように家族が書いているブログがいくら増えても、それが大きなメディアにでも取り上げられない限り、関心のない人の元には何も届きません。
全難聴という組織があることも、障害者雇用を目的とした会社の幹部でさえ知りませんでした。
選挙運動に似てきますが、まずは言葉や組織の知名度を上げないと、何をやっても、本当に届いてほしい人には届かない。
そう思って、だったらどうすればいいのか。と言う事を悩んだりしているところです。
【聞こえても難聴なんです】の記事が増えたためINDEXページを作りました。
(NAVERに投稿したまとめ記事へのリンクも掲載しています)
他の記事はINDEXページから参照してください。
「聞こえても難聴なんですINDEX」
http://kilis.at.webry.info/201403/article_1.html
何か、テーマを見つけて、それに対して思ったことや、問い合わせをしたことを紹介しているのですが
テーマと言っても、相方の症状が劇的に良くなることはないわけで、
聴力が下がっているかどうかは別として、補聴器をつけない状態での聞き取り能力は、
一緒に生活していて、少しずつ変化があるんだな~。と、感じています。
補聴器をつけての聞き取りになれてきた分だけ、補聴器をつけていない時の聞き取りが鈍っている感じです。
わかりやすいたとえでいえば、今までメガネをかけていなかった人が、
メガネをかけないで生活している間は何とも思わなかったことが、メガネをかけ始めた途端に、メガネなしでは生活できなくなったようなものでしょうか。
静かなところで話しているとき
隣にいて会話を続けているとき
こういうシチュエーションでは、相方の聞き取りが悪くなったとは全く感じません。
2階から声をかけても、会話が成立することだって、別に特別なことではありません。
その一方で、テレビの横から話しかけたときは、どう話し方を変えても聞き取れないようです。
(家具の配置上、テレビの横にPCがあり、PCいじりながら話しかけると、テレビの横から話すことになるんです。別にイジワルしているわけではありません)
一緒に生活していて、こういうブログを書いていて、難聴の特徴を知っているから、
ああ、音の出てくる方向が一緒だから区別がつかないのか。
と、頭ではわかりますが、それでもやっぱり、どうして聞き取れないのかな。と思わないことはありません。
「感覚」の問題だから、頭で理解しても、体感できない以上、疑問は消えないのは仕方がないと思っています。
ただ、その一方で、「これはわかってもらえないか・・・」と痛感するのも、このようなシチュエーションの時だったりします。
声質によって、聞こえる声と聞こえない声がある
口調によって、判別できる場合と判別できない場合がある。
話しているシチュエーションによって、同じ話し方でもわからないことがある
とくに、この3つ目がクセモノなんだと思います。
たとえば、カフェやレストランにいる姿を想像してください。
相方が難聴だということも、相方の難聴の性格もある程度把握している人が、
ゆっくり、はっきりと話してくれていて、会話が続いていたのに、
後ろに客が来ただけで、騒ぎ立てるわけでもなく、彼らが普通の声で話しているだけで、
急に聞き取れなくなってしまう
そりゃ、「え?なんで?」って言いたくなるんだろうな。
「ゆっくり、はっきり言えば聞き取れるって言ったじゃん」って言いたくなるだろうな。
今は、そんな「わかってもらえない」ことを「わかってもらう」ための方法を模索中です。
メディアには、このブログのリンクをつけて何度かメールを送ったこともあります。
でも、冷静に考えれば考えるほど、文章にするにも、映像にするにも
この相方の状態って、伝えにくいことこの上ないんですよね。
どこからもノーリアクションなのは、自分の文章に、まだまだ訴えるものが足りないこともあるんでしょうが
「だかりやすさ」を求めることができないってことも、理由の一つなのかなとも感じています。
だからこそ、せめて、「デシベルダウン」ってキーワードが、企業を巡回し、数百、数千の人を相手にする医療従事者に聞いても初耳だった。
なんていう状態を脱したいと思うわけです。
結局のところ、そこに行きつくんです。
相対して話していて、どうしても感じる違和感を補えるだけの情報を、当事者以外の人にも持ってもらいたいんです。
愚痴で終わるのは嫌ですが、全難聴に、大会を受けて、今年デシベルダウンについて何をするのか?
という質問を投げていますが、今のところノーリアクションです。
難聴の方自身が書かれているブログや、私のように家族が書いているブログがいくら増えても、それが大きなメディアにでも取り上げられない限り、関心のない人の元には何も届きません。
全難聴という組織があることも、障害者雇用を目的とした会社の幹部でさえ知りませんでした。
選挙運動に似てきますが、まずは言葉や組織の知名度を上げないと、何をやっても、本当に届いてほしい人には届かない。
そう思って、だったらどうすればいいのか。と言う事を悩んだりしているところです。
【聞こえても難聴なんです】の記事が増えたためINDEXページを作りました。
(NAVERに投稿したまとめ記事へのリンクも掲載しています)
他の記事はINDEXページから参照してください。
「聞こえても難聴なんですINDEX」
http://kilis.at.webry.info/201403/article_1.html
この記事へのコメント