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zoom RSS 障害者の仕事(その2)〜西日本新聞より〜

<<   作成日時 : 2013/06/02 18:52   >>

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西日本新聞の5/29夕刊に、「手話バー」の紹介記事がありました。
この記事自体はお店やスタッフを好意的に書いているし、頑張っていることに異論はありません。
でも、このあいだの記事「障害者の仕事〜信濃毎日新聞より〜」で書いた通り、マスコミに出てくるのは「特別な」空間ばかりなんですよね。
そうじゃなければ、重度の障害を持つ人が周りのサポートで一生懸命普通の職場で勤めている例が出るか・・・

障害者の仕事って、そんなに大袈裟なものじゃないんだってことを伝えてほしいんですけどね。
普通の職場に、障害があってもできる仕事がたくさん転がっていることを伝えてほしいなーって思います。

そういえば、前回の記事で書いた、相方の仕事ですが、順調に続いています。
更に言えば、ひょんなきっかけで「難聴である」事も話してしまいました(話さざるを得なくなったのですが)
ただ、「たまたま」ものすごく理解のある職場とスタッフに恵まれたおかげで、妙な色眼鏡で見られることは無くて済みそうな感じです。
たぶん、仕事をしていて、「難聴だと気づかなかった」から、「難聴である」と言っても色眼鏡では見られずに済んだのかな?とも感じています。

と言う事で、西日本新聞の記事(元は共同通信の配信記事らしいので、どこかの新聞でまた見かけるかもしれませんが)を転載します。

あと、記事中で紹介されている銀座の手話バー「Bellサイン」のブログも見つけましたので、URLを貼っておきます
http://ameblo.jp/ginza-bellsign/

===以下転載===
これで生きる=手話バー店長 酒と会話で酔わせる 等しく楽しめる店 目標 「聞こえる人たちの世界」と向き合う/明日への窓

2013/05/29 西日本新聞夕刊 2 ページ 2191 文字

 
薄暗い店内に、五十嵐大(31)がグラスの氷をかき混ぜる音が響く。カウンター席に客が並ぶが、会話は聞こえない。東京・銀座の「ベルサイン」。聴覚障害者のバーテンダーと客が手話でやりとりするバーだ。
 店長の五十嵐は生まれながらの聴覚障害者で、補聴器なしでは自分の声すら聞き取れない。手話ができない客のためにカウンターには筆談のボードを置き、唇の動きで発言内容を読み取り、声を出して返答する「口話」を使うこともある。人なつっこい五十嵐に引かれ、健常者もよく訪れる。

 ▽叱責
 仕事は体力勝負。つまみや飲み物の仕入れのため、午前11時に自宅を出る。店の掃除をした後に、スーツに着替え、午後7時半に店を開く。
 営業中は、常に後輩バーテンダーの動きに目を配る。体調が良くなくても、なじみ客が勧める酒は断れない。会話が弾んで閉店時刻の午前1時を回り、4時ごろまで延長するのも珍しくない。
 3月下旬、大阪で酒を飲み過ぎ、路上で寝ていて警察に保護された。聴覚障害者の妻夕架(30)と小学生の長男昇(8)を養っていけるのか、店長としての職責を全うできるのか。「プレッシャーが限界に達していた」ためだったが、店のオーナー浜田龍男(54)から厳しく叱責(しっせき)された。「守らなあかん家族がおるのに、甘ったれるのもいいかげんにせい!」
 浜田は健常者で、五十嵐ら7人の聴覚障害者を雇う。「商売の世界で『聞こえない』は言い訳にならない」が信条。だが、従業員に向けるまなざしは温かい。「聞こえない人の世界だけにとどまるのは良くない。もっと成長するためには」
 ▽配慮
 五十嵐は、幼稚園から21歳で社会人になるまで、聴覚障害者の特別支援学校で過ごした。
 中学部までは口話だけを習った。まず、母音の口の形や舌の動きを覚えてから、発声の練習を開始。声は自分では聞こえないので、教員に発音を確認してもらいながら一音一音習得する。「手話を知らない健常者と会話ができるように」という理由で口話が重視されていたから、手話の使用は許されなかった。
 だが、口話には弱点がある。「たばこ」と「卵」「ごみ」と「コピー」といった言葉が同じ口の動きになるため、相手の発言を百パーセント理解することはできない。唇の動きを読み取るには、集中力の持続が必要で、負担は大きい。
 高等部入学後に手話と出合い、「自分を表現できるのが楽しくて」約2カ月でマスターした。所属の軟式野球部は、特別支援学校の東京都大会で優勝。3年では生徒会長も務めた。夕架と出会ったのもこの頃だ。
 その後、専攻科と呼ばれる課程で2年間、パソコン操作を学んだ後、私鉄や携帯電話の会社に勤めた。しかし、自由に自分が出せた学生時代とは全く違った世界が待っていた。
 「肝心な時に、コミュニケーションが取れなかったんです」。会社の同僚たちは皆親切で、筆談で仕事の内容を説明し、簡単な手話を覚えてくれた上司もいたが、忙しくなると「聞こえない同僚」への配慮は消えた。
 「会議で話されていることが理解できず、仕事の流れも次第につかめなくなっていきました。つらかった」。2年後、うつ病になり退職した。
 ▽自信
 数カ月後、聴覚障害者の友人に、大阪市で福祉機器販売会社を経営する浜田を紹介された。この会社で働き始めて間もなく、浜田が聴覚障害者を雇用するために立ち上げたベルサインの店長を任された。
 バーで働くうち、他人とコミュニケーションを取る喜びと自信を少しずつ取り戻していった。健常者の客とも筆談や口話で積極的に会話するように。「お客さんが笑顔になってくれるのが、一番うれしかった」
 携帯電話会社で働いていた時代は、飲み会でみんなが笑っているときも、理由が分からなかった。「空気が読めないやつ」と思われるのが嫌で「何で笑っているの」と聞けず、携帯をいじった。しかし、バーテンダーを経験した今は「分からないことは正直に聞けばいい」と思うようになった。
 「五十嵐さんと話しているとほっとします」。聴覚障害がある20代の男性常連客は店の魅力を語る。「手話は聴覚障害者にとって心臓のようなもの。これなしには生きてはいけないんです」
 オープンから1年。いったんは背を向けた「聞こえる人たちの世界」と再び向き合う。「耳が聞こえる人も、聞こえない人も、等しく楽しんでもらえる店にする」という目標を胸に、酒と会話で客を酔わせる日々は続く。

 ▼敬称略。記事、写真とも共同通信
    ×      ×
 ●環境厳しく、高い離職率 身体障害者の労働状況
 働く身体障害者は増え続けている。2012年に民間企業で働く障害者は29万1千人と、過去最多を更新したが、雇用環境は厳しく、離職率も高い。
 厚生労働省の08年度調査によると、身体障害者の48%は、勤続年数が5年未満。
 離職理由は、賃金や労働条件への不満以外では「職場の雰囲気や人間関係」(20%)や「会社の配慮が不十分」(15%)が挙がり、職場環境への適応の難しさがうかがえる。
 全日本ろうあ連盟(東京)の小出真一郎理事は「健常者とのコミュニケーション促進のため、手話通訳者が役所から企業に派遣されることが多いが、企業サイドは内部情報が漏れるとして派遣要請に消極的だ」と指摘。障害者が長期間安定して働くことができ、管理職への昇進の道も開く必要があると訴える。




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