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zoom RSS 佐藤教授の言葉と「難聴」の社会での理解度が表す意味

<<   作成日時 : 2012/11/11 23:38   >>

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(2012.11.12 12.55改題しました)

日本社会事業大学の佐藤久夫教授と、ひょんなことからメールのやり取りをさせていただいています。
大変失礼なことではありますが、全難聴の全国大会の分科会の案内で名前を見るまで、佐藤教授の名前すら存じ上げませんでした。
更に失礼なことに、メールをやり取りさせていただいている現時点でも、先生の経歴、専門を詳しく学んだわけではありません。
そんな人間が佐藤教授から学んだと感じていることをお話ししますので、ピントのずれたところもあるかもしれませんが、あらかじめご了承願います。

なぜ佐藤教授の名前も知らない私がメールをやり取りさせていただき、その内容を記事とする了解までいただけたのかと言う点から始めます。
デシベルダウンの議論に参加したいとは思うものの、全国大会には参加できず、地域の協会からは相手にされないという八方ふさがりの状態で、大会事務局に意見を届けようとメールをしたら、全難聴事務局から門前払いされた話は前に書きました。

それこそ藁にもすがる思いで、佐藤教授の大学のホームページを検索し、大学事務局のメールアドレスが公開されていたので、「佐藤先生にお届け願います」というタイトルで、妻が感音性難聴でデシベルダウンに関心を持った旨、また、大会に参加できないまでも意見を届けたいと大会事務局にメールしたところ門前払いされた旨を記した上で、大会事務局に送ったメールをそのまま添付して、大学事務局にメールしました。

数日後、佐藤教授からメールを受け取り、内容をこれから読むという内容のメールをいただいた時点では、素人の意見として、ナナメ読みされればいいところだろうと考えていたのですが、更に数日後、佐藤教授から、「書いた内容については全く同感です。」という言葉を含む、丁寧な返信をいただきました。
また、厚生労働省の福祉政策全般の見直しの中に「難聴者対策」も含まれると言った内容も含まれていました。
返信いただいたメールの丁寧な内容に驚くとともに、調子に乗りやすい私は、「障がい者手帳にこだわらない難聴者対策の実現」に言及したメールを送ったのですが、そのメールにいただいた返信は、「雇用分野では「手帳の所持」を前提としない政策論議はすでに行われており、 難聴の分野だけ部分的に改善することはあり得ない」と言うものでした。

自分の妻の難聴がきっかけで、デシベルダウンの中身を考えたこともあり、難聴者の基準見直しという実に狭い目線に立っていた私としては、「障がい者対策全体の中の難聴者対策」という、ごく当たり前の考え方がすっぽり抜けていました。

そこで、佐藤教授の文面を改めて何度も読み、特に何度も考えさせられた言葉が「難聴者の分野だけ部分的に改善することはあり得ない」と言うものです。

佐藤教授の言葉を借りながら書いていくと、福祉政策全般の向上を目指す中で、様々な病気や機能障害があり、その中の一つが難聴者であると言うのは、しごく当たり前のことです。
では、福祉政策全般の向上と言っても、何をどれだけ対象にするのかと言うことが当然議論されているはずでしょう。

議論の中では、社会の認知の高い病気、機能障害から対策が打たれる可能性は十分あります。
そうすると、「デシベルダウン運動」の知名度がゼロの難聴者対策を行っても、社会にインパクトは与えられない。社会にインパクトを与えられない政策を打っても賛辞を受けることはない。
ならば難聴者対策は後回し、あるいは見送り。と言う形で置いてけぼりになることがあるのではないかと言う危機感が、「難聴者の分野だけ部分的に改善することはあり得ない」と言う言葉の中に含まれているように感じました。

そうであるならば、デシベルダウン運動、あるいは全難聴が言葉を変えて行っているという、軽度・中度難聴者に向けた運動そのものの認知度を上げること。
その活動を行っている、動きの悪い全難聴が本気になるように、周りから刺激を送り、動きを変えさせようとすることの必要性を強く感じました。

その上で、佐藤教授の「ブログでもなんでも紹介してもらって構いません」と言う言葉に力を得て、この文章を書いています。
全難聴にメールを送ることを呼びかけることが、私なりの運動参加へのはじめの一歩と言う思いも、佐藤教授の言葉が力になってはじめられた一歩目の歩みです。


「欧米諸国は40デシベルを基準としている国が多い」デシベルダウン運動でよく聞く言葉です。
いただいたメールの中で、障がい者政策に対する佐藤教授の原点であろうと言う内容をメールの中に書いていただいたので、原文のまま紹介させていただきます。

〜〜〜以下、佐藤教授のメールより〜〜〜
 もう20年ほど前ですが、デンマークと日本の国の補助金を使っての補聴器の利用率の違いに驚きました。なんと人口比率で(つまり人口10万人当たりなどで)30倍も違うのでした。
(その時は身体障害者福祉法の補装具の利用件数で比較しました。本当に30倍なのか、利用人数と新規給付人数を比べているのか、また身体障害者福祉法以外にも補聴器の公的助成制度があるのか、など、精査せねばならないことはありそうですが。)

 私は、「本人と家族の責任だ、税金を使う補助の対象はギリギリに絞るべき」という日本(政府)の姿勢と、「障害のために(障害に限らずなんであれ)社会参加が困難になっている人には社会(国)が支援しよう。
そのように困ったことができたら全ての人を支援する社会にしよう。そうすれば人々は自分の社会だ、自分の政府だと思って、税金なども払ってくれる。」
というデンマークや北欧の政府の姿勢の違いを、当時感じました。
〜〜〜以上、佐藤教授のメールより〜〜〜

そうした、日本と北欧諸国の違いをやっと乗り越えて、「基本法の障害者の定義が2011年に改正され、雇用、福祉など各分野でその基本法改正に従って障害者の定義の見直しが必要とされています。と言う段階まで来ました。
しかし、今の全難聴の動き、軽度・中度難聴者の存在自体の社会での認識の薄さ、デシベルダウンあるいはそれに代わる言葉による運動の知名度のなさ、広がりのなさを危惧されて、以下のようにも述べられています。

〜〜〜以下、佐藤教授のメールより〜〜〜
しかし変えてゆくためにはまずは難聴者が強く問題提起せねば。難聴はいろいろある(機能)障害のなかで最大のものだと思います。
しかし難聴者だけの運動では、限界があります。幸運にも制度改正がなされたとして、せいぜい65Dbとか60Dbへのダウンにとどまるでしょう。
〜〜〜以上、佐藤教授のメールより〜〜〜


軽度・中度難聴者や、その周りにいる人たちが黙っていたら、デシベルダウン運動は、65Dbとか60Dbへのダウンにとどまり、全難聴は「デシベルダウンを勝ち取った」と主張し、厚生労働省は「福祉の向上を実現した」と言い、実際に苦労を強いられている難聴者の大多数は何も変わらない。
佐藤教授の言葉を私なりに解釈したものです。


だから、先ほども書いた通り、はじめの一歩を踏み出しました。
私たち家族が難聴者の代表選手ではありません。
先に書いた通り、難聴の世界についても、デシベルダウン運動についても新参者です。
そんな私たちでさえ、ここまでの結論に、簡単に達することができます。
そして、その結論に達したからには、「声を上げなければならない」というのが、これから先にまずやらなければいけないことだと思っています。

覚悟のできていない私は、「難聴者の代表選手じゃない」と書いていて、「声を上げ続けること」の先頭ランナーになる勇気はまだ持つことができません。
でも、私自身は声を上げます。そして、このブログを読んでくれた方に「声を上げてください」というお願いをします。
もうひとつ、一人でも多くの方に「声を上げてください」と書いたこの文章が目に触れるように努力をします。

誰かに「難聴者の代表選手になってください」なんて、自分ができないことを押し付ける気はありません。
でも、それぞれの立場の方に、この3つのお願いをして、この記事の結びとします。
・難聴者のひとりとして声を上げてください
・難聴者を身近にもつひとりとして声を上げてください
・難聴者という存在を知ったこと、その苦労を知ったことを伝えてください





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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
結局 全難聴自体が「聞こえてるならまだ良いのでは…」といった思いがある様な気がします。一般枠での就職困難、中途半端に聞こえてない他人からの誤解、事実なんですが…聞こえにくいといった思いを理解しないといけない場所が理解してないのではないでしょうか?
黒いうさぎ
2015/05/20 20:53
全難聴やその傘下団体は「手帳を持つ人の団体」という立ち位置だということです。
そうすると、「自分たちの立ち位置を黙っていても伝えてくれる」ような都合のいい団体はないんですよね。
そうなると、自分の力で、自分の生活範囲が少しでも快適になるように丁寧に説明するしかないのかな?
と思っています。
Wata
2015/05/21 21:38

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