聞こえても難聴なんです

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zoom RSS え?それも難聴なの?

<<   作成日時 : 2012/11/05 18:36   >>

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唐突ですが、このブログでまじめな「難聴」なんて言うテーマについても書いてみようと思います。
更に唐突ですが、ウチの相方は中程度の「感音性難聴」と言う難聴で、仕事や、人と会う場では、両耳に補聴器を使用しています。

コトの始まりから書いていくと、私は別に、難聴者の相方と結婚したわけではありません。
でも、相方は結婚した時点で、すでに難聴だったのかもしれません。
訳が分からないことを書いているとお思いでしょうが、相方は普通にしゃべれるし、私の話も聞き取れました。
歩きながら会話することだってできました。
そして、今現在でも、こういったことは、私と相方の間では可能です。

「私と相方の間では」と書いたのは、別に「心が通じ合っているから目と目で会話が成立しちゃうんだもんねー」なんて言いたいわけではありません(笑)
話をする相手によっては、歩きながらの会話どころか、静かな部屋で、補聴器を使用しても、何度も聞き返しながら話をしなければならないこともあります。
これについては、聞こえの良い周波数であったり、「感音性難聴」という難聴の特性によったりするものなので、別のタイトルをつけて、そのうち詳しく書きます。

ただ、テレビをつけていると、「もうちょっと音大きくして」って言われたり、
テレビと同じ方向から話しかけると、聞き取れないらしく、近くに寄ってきて話をしていたり
後ろにいる相方に、自分が何か他のことをしながら話しかけたら、気づかれなかったり
そんな程度のことでした。
だから、笑いながら「ちょっと耳が悪いかもねー」って話す程度、普通の人の聞こえと変わりないって思っていました。

この、「普通の人の聞こえ」って言うのが、かなりのクセモノなんじゃないかなって、今になって思います。
メガネをかけている人なら、初めてメガネをかけた時に経験があると思うのですが、
「ちょっと見えにくくなったなぁ」と思って、メガネを作ってかけてみると、「今までこんなに見えなかったんだ?」と仰天しましたよね。
この、「今までこんなに聞こえなかったんだ」って言う経験が、耳が悪い人の場合だと、難聴と診断され、補聴器を勧められ、お試しで補聴器をかけてみて、初めて経験できるんです。

だから、しっかりとした検査をしない限り、ちょっとくらい聞き返すことが多かったりしても、まさか自分が「難聴」と診断されるくらい耳が悪いなんて思いもしないんです。

そんな、「ちょっと耳が悪いんだろうなー」って言う相方が、会話を続けていると別に問題なく話ができるんだけど、不意に話しかけると聞き返してくる
と言う頻度が増えてきたように感じてきたのが数年前のことです。
そこでも「難聴」なんて言葉は頭の片隅にもなく、「健康診断を受けるみたいな気持ちで、一度耳鼻科に行って、安心してきたら?」って感じで近所の耳鼻科を受診しました。

ちょっと端折りますが、耳鼻科での聴力検査、セカンドオピニオンとして、更に大きな総合病院でのMRI検査を含む諸々の検査を受け、相方は「難聴」と診断されました。
もう少し詳しく書くと、当時の聴力が40デシベル程度、これは軽度難聴と中度難聴の間くらいに相当するそうです。また、「感音性難聴」とも診断されました。
感音性難聴については、説明が難しいので、これまた別のタイトルをつけてそのうち詳しく書きますが、耳から聞こえている音がうまく言葉として判別できないという難聴らしいです。

そういうわけで、難聴と診断された相方は、仕事をしていたこともあり、補聴器を勧められました。
最初に耳鼻科から紹介された補聴器屋では、片耳だけで試してみる形で借りてみたのですが、片方だけ妙に聞こえるわ、自分の声が補聴器をしているほうだけ響くわ、何だか違和感アリアリ。
と言うところだったみたいです。
ネットで調べた別の補聴器屋で、いろいろ話を聞き、さらに本やネットで見た感想でも「補聴器は両耳装用がいい」と言われていたこともあり、
何よりも、実際に両耳装用で試してみたら、片耳装用で試した時の「倍」ではなく「数乗」くらいの勢いで使用感が良かったようです。
その結果、両耳に補聴器を購入することにしました。音量、プログラムを調節するリモコンを含め、お値段約30万円。
健康保険が使えるわけでもなく、公的な助成があるわけでもないので、当然全額自腹です。
補聴器をつけ始めた翌日、「私が身に着けているものの中で一番高価なものは補聴器」と言っていました。

確かに高い買い物ではありましたが、今になって思うと、このとき、違和感感じたまま片耳の補聴器を買わなくて良かったな〜って思います。
片耳だけの補聴器にしていたら、今の生活はかなり違うものになっていたんじゃないかと・・・
この補聴器についての話も、そのうち詳しく書くことにします。

と言うことで、「ちょっと耳悪いんじゃない?」って言われていた人が、聞こえ方は何も変わっていないのに「難聴者」となるまでのお話でした。
このブログを読んで、ちょっとでも気になった方は、「何でもなかった」って言う安心材料を求めに行くつもりで、耳鼻科で検査してもらったほうがいいですよ。


【聞こえても難聴なんです】の記事が増えたためINDEXページを作りました。
(NAVERに投稿したまとめ記事へのリンクも掲載しています)

他の記事はINDEXページから参照してください。
「聞こえても難聴なんですINDEX」
http://kilis.at.webry.info/201403/article_1.html

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内 容 ニックネーム/日時
僕はいつも思います。
五感が当たり前でなく、五感を持った幸せを感じなくてはならないと思います。
人それぞれ、やっぱり普通に見えていても何かを抱えている人は案外多いんだと思うし、それと闘おうと懸命に前に進む人もいっぱいいる。
いろいろな人がいろんな悩みを抱えていることを理解し、常にやさしさを持って接していきたいですね。

僕の友人、もう亡くなって10年。彼は脳腫瘍だったのだけれど、いつも「この病は、俺にしか闘うことができない、神が俺に与えた試練。お前には無理」と言っていました。
すごい言葉でした。彼は視覚障害から味覚や記憶の層まで侵され、最後には命という結果ではあったけど。

そして今10歳になるわが娘。娘は1000gに満たないELBWで出生し、4か月の間、NICUの箱の中で生死を彷徨っていました。妻の帝王切開前日「障害を持って生まれてくる確率13%」と言われ、愚かな自分に13%を受け入れることができませんでした。結果として、いくつかの障害はあったものの、生まれてきてありがとうという気持ちのほうが強くて、これまでの自分を反省しました。生きていることへの感謝を娘から教えられました。ただ、隣の箱で一緒に治療を受けていた赤ちゃん、わが娘が退院する朝、他界しました。退院したら一緒に遊ばせようって言っていたのに。生きていることを粗末にできない。生きていれば、いいことも悪いことも、それは自分に与えられた試練。苦しいこともあろうとも、克服できるのは自分しかないと考えていこうと思うのです。
そんな自分ですが、やっぱりいろいろあるんですね。自分も脳に爆弾を抱えています。つい先日まで厚生労働省がその病を認めておらず、保険適用できない病なんですが。

では。
mackiee
2012/11/05 21:32
>mackiee
コメントありがとうございます。
ましてや、書いているだけで苦しくなるような話まで・・・
デシベルダウンと難聴者という存在を広めたいと思って書き始めたテーマですが、いろいろな人と関わりを持つうちに、もっと深いテーマが必要であると感じています。
ただ、一度にあれもこれもできるパワーはないので、まずは、妻を通して知った「難聴」と言う世界に関わっていこうと思っているところです。
Wata
2012/11/07 18:49

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